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セレンディピティ & クオリア(改+追)
西日本新聞1月4日付け朝刊 14-15面は、新春早々うれしい読後感
を得た対談だ。我が意を得たり。

銅版画家 山本容子さんと脳科学者 茂木健一郎さんの対談「イメージ
の世界が開く世界」がそれだ。

以下、自分のための、自分なりの覚書。

--------------

閉塞感が強い今日の社会において、子どもたちが身に付けるべき知性、
最も求められている能力とは、人とのコミュニケーションを通して新
しいものを生み出す力。

そのために必要な二つの力。イメージして何かを感じ取れる能力、そ
れをロゴス(論理性)をもって人に伝えられる能力。

その能力を鍛えるためには、まずは稚拙でもいいからアウトプットす
る、表現してみる。表現しないと人に伝わる「思い」にならない。表
現することがきっかけになって感性が鍛えられる。

そのために「いいものをいっぱい見、感じ、自分に正直である」こと。
本物を見ること、体験することが重要。(それによって自分のクオリア
(数量化できない感覚質)に気づいていける)

その行動を起こすこと。続けること。その過程で生まれ気づく「欲望」
を持ち続けること。「熱中」して「遊ぶ」。それを続けることが、自
分を鍛えることに通じる。

そうして、他との違いを大切にして、それを表現していく。

鍛えて身に付けた「自分がどう感じたかを基準に生きていく」ことは
一番大切。しかし、自分らしさで守りに入ってしまうのではなく、偶
然の発見と出会う幸運(セレンディピティ)のように、飛び込む時は
勇気をもってやってしまうことも必要。

自分にしか分からない妙な引っかかりは、無意識のうちの脳からのメ
ッセージ。それは自分だけの宝物かもしれない。大切にしないといけ
ない。そのためにもまず表現してみること。ただし、自己満足な表現
にとどまらずに。

まず行動を。

-----------------------

示唆に富む対談だった。

我流で一言付け加えるなら、「悪いもの、まずいもの、ひどいもの・
こと」をも体験すればさらによいかも。昔の人は「苦労は買ってで
もせよ」と言ったが、よいものばかりでは、それが当たり前で、ど
れほどすぐれているのか、その価値、それを生み出した背景、それ
を体験できる幸せを実感することが薄いような気がする。幅の広い
体験・見聞が、感性の振れ幅を大きくし、より豊かにトレーニング
してくれるように思う。

受験現代文の指導をベースにしてきたサイト http://kokugo.cc 、
補完する動きとしてのメールマガジン(まぐまぐを通して発行)
関連ブログとしての http://blog.kokugo.cc、同じくこのブログ
http://kokugo.jugem.cc も、トレーニングのきっかけやヒントな
ど、少しでもパワーアップして続けていきたい。受験はきっかけ、
実は取り組み方で、広がりある気づきの世界の存在を知ることに
つながると確信して。

2005年、文部科学省が目覚め一念発起して取り組み始めた一連の
動き(「文字・活字文化振興法」成立→「文字・活字文化の日」
制定→「(PISA型)読解力向上委員会」立ち上げ、「読解力向上プ
ログラム」関連の調査・指導資料作成・小中学校の指導要領改定、
高校入試・大学入試の改革等)にも後押しされ、ロジカルに表現
する小論文、それに密接に関連し前提とも結果ともいえる現代文
の指導に自分なりに力をいれていきたい。

生きることは自己表現だ、などとも言っておこう。よく生きるこ
とは、よく表現することだともいえる。自己満足に陥らない表現
には、自己流の方法に留まらない、人(他者)に伝わる決まり事
もふまえた表現の方法論の理解とトレーニングが不可欠だ。

表現の前提として、よく読むことも挙げておきたい。これも自己
流や無手勝流ではなく、文章ジャンルの本質から導き出される客
観的読解法を。(私流にいえば、ワードマーキング読解というこ
とになるわけだが) よくとは、頻度ばかりでなく適切さを意味
している。読み、判断・思考し、評価、表現する。その磨き上げ
が、よりよく伝えられる表現の原資、よりよく生きる糧となろう。

考えることと感じること、理性と感性、あわさって広義の知性と
いおうか。ここにゆるき身体と三位あわさって人間という存在と
理解する。それぞれの身体、それぞれの理性と感性。ぶつかり合
ったり、融け合ったり、そうして人生が彩られていくのか。どう
せなら、自分なりに美しいと感じられる彩りでありたいものだ。

安穏として危機意識薄い暮らしの中、”ケータイ”と”ゲーム機”で
考えることをスポイルされてきた感がここ何年も強かった。瞬間
的な刺激ばかりを面白いと感じ、スピード感とインパクト重視の
ものごとが身近にあふれかえってしまった毎日の中では、このあ
たりの閉塞感・危機意識というのも、気づきや自分で思考・判断
するきっかけとなるのかもしれない。いや、そうしたいものだ。

千年前の雅の世において、面白しという古語は、面(顔)の前が
ぱっと白く(明るく)なったように感じるさまをいったという。
現代のように煌々(こうこう)と照り渡されたきつい社会ではな
く、光と闇の振幅とともに情感も豊かで、夜ともなれば月明かり
が闇を照らす最たるものであった時代の白さ・明るさに思いを馳
せながら、実に奥深い「面白さ」を、今の社会でも大切にしてい
きたいものだ。

「人間は考える葦である」という。「我思う故に我あり」とも。
思考・判断・感得することが人間の人間たる所以(ゆえん)と
する点は現代日本においても変わらぬ真理であろう。

セレンディピティ、よし。クオリア、よし。この一年が楽しみだ。
今日一日が楽しみだ。一年の計はここに(も)あり。いろいろな
表現に関わって、たっぷり人とともに楽しむ一年としたいものだ。

追)
テレビ欄を見たら、今日20時からNHK教育テレビで、ピアニスト
舘野泉さんが取り上げられる(再放送)。氏は、日本を代表する
ピアニストながら、病に倒れ右手が不自由になられた。微妙な
コントロールが必要なピアニストにおいて演奏家人生に大きく影
を落とす出来事だった。右手が以前と同様に完全に治るまでは人
前での演奏はできないと当然のように考えた氏にとって、転機と
なった発想は…… とった行動は…… 文筆家もかくもやと思わ
せる氏の豊かな広がりをもつ言葉による表現と穏やかな語り口は
必聴とおすすめする。この番組自体は未見だが、正月早々に再放
送されるとは。うれしいお年玉だ。


●セレンディピティに関するサイトをご紹介
この他にも読みごたえ十分のコンテンツ満載のサイトです。ぜひ
どうぞ。
http://www.toyama-cmt.ac.jp/~kanagawa/essay/serendipity.html
| 雑感 | 14:18 | comments(0) | trackbacks(1) |
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